おめめの歯形

自分の足跡を残すというより、必死に食らいついて歯形くらいしか残せない

ゆめのはなし

ステーキハウスの主人、サムはとってもいい奴。
気さくだし、サムの焼くステーキは最高に美味しいし、昔サムが旅行で訪れたモンゴルで食べたピザの話を面白おかしく聞かせてくれる。

あたしは毎週金曜日のランチに、サムの店で一週間の出来事と週末の予定を聞いてもらうんだ。
今だって上司と部下の不倫のとばっちりを聞いてもらったばかり。
週末の予定は運転免許センターに免許の更新に行くって伝えた。
「俺のテリーを貸してやろうか?」サムが真顔で言うから「馬の免許は持ってないわ」とあたしも真顔で返した。

「ここ、テキサスで一番うまいぜ!」ってサムが豪語するステーキを食べようとしたら、
サムの店の看板が風に煽られて飛ばされるのが窓の外に見えた。

「サム!看板がっ!」

慌ててサムと外に出たら、嵐のような風が吹いていて、サムの飼っている馬のテリーが暴れてるし、なんだか騒々しい。

そうしたら目の前を、30人くらいの美女がアラビアン衣装を身に纏い、行列を作って歩いてきた。

「今からみんなで、あそこにある金のポールから滑り降りるの!衣装の中は裸なのよ!」

と叫んで通り過ぎていく。
少し風が収まる。

「みんなスタイルがいいのね、裸が見たいわ」
ってサムに言ったら、
「おい、その前に、この強風で俺の店が裸になるぜ」
ってサムが言うの。

「ちっとも笑えない」
とあたしが睨むと、サムがニヤリとした。

また風が強く吹いた。

「看板を早く戻そうよ!ステーキが冷めちゃう!」風に負けないよう大きな声で叫ぶ。

「心配するな!焼き直してやる!」
ってサムが言ってくれたように聞こえたけど、
サムの声は風の音でかき消された。

 

、、、、
っていう夢を見たんですよ。
印象的な夢は鮮明に覚えている。
これ多分、ダイナーの影響な気がする。
とっても好きな小説です。

秋のおとずれ

働かなくなってから、外に出るのが面倒になった。

あんなに美味しかった仕事後のビールも、仕事をしてないから必然的に飲まなくなった。

 

先日、友人2人と旅行へ行きたいねと話していた。1人はOLで、8年くらい付き合っている事実婚状態の彼氏がいて、隣県に戸建てまで購入しているが、いまだに籍は入れていない。

 

もう1人は保育士、こちらも隣県で一人暮らしをし、彼氏はずっといない。

 

2人ともしっかり仕事をしているため、私より俄然お金の自由が効く。

そんな2人と旅行の話になった時、そろそろ本気で働かなきゃなと思った。

 

全員同じ年、32歳。

結婚しているのは私だけだ。

そんな環境だからか、うっかりしていた。

私は子供が2人くらいいてもおかしくはない年齢だということに。

 

久しぶりに乗った電車は空いていて、ゆっくり本が読めた。

一回の乗り換えと、駅から徒歩10分で心が折れそうになる自分がいて、末期だなと思った。

 

面接へ向かっているのに、どこか上の空で、なんだかこの街で働く気がしないなぁなんて思っていた。

 

面接の会社に着き、応接室のような場所に通され、座って待つように言われる。

かなり雑多な雰囲気で、掃除したいなと一瞬よぎるが、またココでそんなことをしたら、前の会社の時のように鬱陶しがられるだけなんだろうなと思い直した。

 

面接官が入る。

男性1名、女性2名。

一通り終わったあと、女性2名だけが残った。

なんでだろうと思ったら

「大変失礼なことを承知ですが、妊娠のご予定などありますか?」と聞かれた。

 

あぁ、そうか。

そうだよな、この年齢で採用し、すぐ子供ができて辞めるなんて言われても困るよな。

でも、私だって聞きたい。

いやむしろ、私の方が聞きたい。

「私に妊娠の予定はあるんでしょうか?」

 

誰にも悪気はない。

結局、「今のところはありません、できたらいいな、くらいです」と答えた。

 

会社を後にし、電車に揺られる。

今すぐにでも妊娠したいのか、私は子供が欲しいのか、それは旦那の子供なのか、それは幸せなのか。

ぐっちゃぐっちゃになる。

 

彼がいたとしても

結婚しているとしても

子供ができたとしても

 

私のような人間は、

自分の幸せは自分でしか決められないんだと思う。

 

どこかへ行ってしまいというより、

消えて無くなりたい気持ちの方が強い。

それを実現する勇気も手段もわからないけど。

 

最寄駅に近づくと、夕飯の献立を考え始めた。

こんな風にまた、毎日をやり過ごしていくんだろう。

 

スーパーに寄らず、家にある材料で夕飯を作る決意をし、ぐっと足に力を込め、電車を降りた。

つるりん

舌でなぞると、生まれてはじめて、つるりん、と私の歯の表面が言った。

 

小学四年生の頃だった気がする。

歯並びなんて大して気にもしていなかったのに、上の歯茎がズキズキし、歯茎から白いものが2本、ニョキリと覗いていた。

最初はなんだか不気味で、しかも上前歯4つを挟んで左右対称に見えているものだから、一体どうなるんだろう、と思っていたら、そのうちニョキニョキ成長して、立派な牙、八重歯になった。

 

上下とも、きちんと前ならえ!で整列していたはずなのに、年齢を重ねると共に個々に自己主張が激しくなり、いつしか上下の列はガタガタに乱れた。

整列ー!と、どんなに声をかけても一向に集合しない。

上はトンがった不良が2人、前歯4人がいなかったら、一触即発なトンがった2人。

それを必死に止めようと、前歯4人がバラバラに出ている。

せめて4人の力は合わせて欲しかったところだが、私にはどうしようもない。

 

下は一番手前の子が1匹狼らしく、ひねくれの最上級にいて、この世の中に全力で背を向けている。

その子以外は秩序を守ろうと、大人しく並んでいるので、なおさら1匹狼は目立った。

 

そんな感じで、私の口の中の世界は出来上がり、それは他人には見苦しい世界であり、私にはコンプレックスの世界が1つ増えた。

 

「外人」とあだ名を付けられるくらい濃い顔に、でっぷりとした体格、これ以上突出したものなんていらないのに、せめて、見えにくいところはキレイであって欲しかったのに、私の願いが叶う事はなかった。

 

「おめめって歯並び悪いよな」

中学校の全校集会で体育館に集まり、先生の話をひと通り聞いた後、隣の瑞樹くんがど直球を投げてきた夏。

 

暗幕の引かれた暗い理科の実験室で、隣になった慎也くんが、私の手元を見て唐突に「おめめの手ってドラえもんみてぇだな」と呟き、私の心にも暗幕が引かれた高校生の秋。

 

うまく笑えなくなって

肩を縮こませて歩いて

嬉しい思いなんて1つもなくて

辛い思いばかり重ねていく

 

「ハーフ?」と「痩せれば可愛いのに」が挨拶がわりに投げつけられた十代終わりの冬。

 

「こんなんばっか食うから太んだよ」と付き合っていた彼氏にポップコーンを投げつけられた二十代前半の春。

 

口元で手を隠すようになり、少し痩せて、化粧が板に付いた二十代後半。

 

春夏秋冬をいくつこえたでしょうか。

30歳の時に、私は決意した。

みなさんは言うでしょう、もっと早く決意しろよ、と。

今更なんだよ、と。

意味ないよ、と。

 

それでも私は決めたのです。

 

レディースエンジェントルメン!

お待たせいたしました!

 

私の顔にスポットライトがあてられた。

眩しくて、思わず目を瞑る。

 

「おっめめ!おっめめ!」

「みなさん、、、おめめ、32歳と半分になりました!」

「おめめー!笑えー!」

 

私は思いっきり歯を見せて笑った。

 

「真面目に並んでいた子を、上2人、下2人、親も知らなかった子を3人、、計7人もの子を犠牲にしましたが、トンがっていた2人は鋭さはあるものの年相応の落ち着きを見せ引っ込み、最上級にひねくれていた1匹狼は世の中ときちんと向き合ってくれました。

保護観察処分が2年くらいある子たちですが、私が道を外させない限り、このまま素直に歩んでいってくれることでしょう」

「おめめー!やったなー!」

「ありがとう!ありがとうございます!」

 

「、、、さん」

「、、、」

「おめめさん、うがいしていただいて結構です」

「あ、、はい」

「変な感じですか?」

「えぇ、、はい、やっぱり、、何度も舌でなぞっちゃいます」

「あはは、皆さんそうですよ。では、これがリテーナーです、説明した通り宜しくお願いしますね」

「はい!」

 

歯科医院を後にして、歩きながら、やっぱりなぞる、私の歯。

 

つるりん。

 

嬉しい反面、なぜがギュウッと心臓をつかまれる。

歯がキレイになった。

 

それがどうした?

 

誰かに言われた気がして振り向いたら、八重歯をニョキリと見せた、小学生の私がいた。

 

「その歯になったら、前見て歩けるの?」

真っ直ぐな目で私を見る。

「え、、、」

 

ちょっと目線をそらして戻すと、中学生の私がいた。

「少し痩せてキレイになったら、傷つかないの?」
「、、、、」

 

「忘れたっていいけど、なかったことになんてできないよ」

高校生の私が言う

「あんたの真ん中は、自分自身の真ん中は変わったかって聞いてんの」

 

32歳。

私は32歳。と半分。

無職だった。

 

「責めてるの?」

 

いつの間にか、色んな私に囲まれてる。

 

「褒めるつもりなんだけど」

「、、、そんな感じに思えないけど」

「あのねぇ、他人になんて褒めてもらえないでしょうよ」

「まぁ、、、うん」

「だから、私たちが褒めるんでしょうよ。過去の私たちが。さっき聞いたよね?その歯になれば前向けるの?自分自身の真ん中は変わったの?って」

「、、、」

「全力で、食い気味で、うん!って言ってよ」

「わからないんだもん」

「わかんなくったっていいんだよ、うん!って言うんだよ!他の人に何言われたって、うん!って言うんだよ!ちゃんと、こっち見て!」

 

「笑って」

 

にぃーっと笑った

 

「ぎこちないけど、まぁいいんじゃない」

「32歳と半分の私!」

「今も昔もさぁ、辛いだろうけどさぁ」

「こんな日くらい笑って」

「私たちがいたこと、忘れないで」

 

忘れないよ

 

笑おう。

 

たくさん笑おう。

 

32歳と半分の無職の私。

 

歩け、歩け、歩け!

 

 

夏の蟻

緑の山々の中腹に、列をなす黒い点々が見えた。

島根に旅行中、田んぼ道からたまたま見えたその光景に心を奪われた。

 

夏の蟻。

 

不謹慎だが、私も夏に死んで、自分の葬式をあんな風に執り行ってもらいたいという願望が生まれた。

魂になって、あの蟻の行列を見るのだ。

高く青い空、緑の山々、黒い点々。

それはもう、美しいと言っても過言でなかった。

人が生きる事も死ぬ事も美しいと、率直に感じた。

 

10年後、願望は祖母に先を越された。

夏生まれの祖母は、自身の誕生日の4日前に旅立った。

私は無情にも、まだ、生きてしまっている。

 

「喪服ですし、あまり体にフィットされない方が宜しいかと」

店員の言うがまま購入した11号のワンピースは、どうあがいてもブカブカで、母や親戚の女性陣から総ツッコミをくらった。

唯一の良かった点は、余分に風が入り、7月後半の暑さを和らげたこと。

 

祖母を弔う日は朝から晴天で、山の濃い緑が青空によく映えた。

島根で見た、あの日と同じように。

祖母にくっついて行って、行列を見たいけど、ブカブカのワンピースで、喪失感と思い出に浸る私はやはり生きている。

 

祖母は夏の灰になり、私は夏の蟻になった。

ダーリンPPP

久々に聴いた、クリスタルケイの「ダーリンPPP」という曲。

 

アルバムに入っていた曲で、タイトルもメロディも歌詞も、もんのすごく好きで、その当時の自分とリンクして、何度もリピートリピートで聴いていた思い出の曲。

 

今でも聞くと泣ける曲のひとつ。

片想いってこうゆうもんだよねぇ、、となる。

 

歌詞の一部を語ります。

※正確ではない上、個人的解釈。

 

「街を歩くの 彼と街を歩くの それだけ ただそれだけなの 幸せなの」

「眠くなったら眠るの でも1人で眠るの疲れるから」

 

完全に片想いの上、自分でもどこか、この恋に冷めている、諦めている。

 

はじめは、彼と街を歩けるだけで幸せだから、寝る時も一緒だとドキドキして疲れるのかな?と思っていたけど、聞くたびにそうゆう甘酸っぱさではない印象。

強がりなのかなと。

たぶん、彼は決して一緒には寝てくれない。

そこを隠すように「疲れるから1人で眠るのよ」と気怠そうに言ってのけているような、自分でそう言わないと折れちゃうんじゃないかな。

 

「雨の日は 早足の彼の後をくっついてゆくの 待ってって言ってもちっとも待ってくれない めんどくさそうね でもいいの男だから」

「そして 俺用あるからさ とか言って道の真ん中置いてきぼりにするの でもいいの」

 

うぅぅぅ。

でも、いいの。いいんですよね。

好きだから、けっちょんけっちょんに扱われても、全然大事にされなくても、好きだから、いいの。

 

そしてラスト

「ある日突然サヨナラがきて 大好きな人 彼にできても この心で彼のほっぺたたいて それでいいの 私 幸せだったよ」

 

心で叩くんですよね。

最後まで、彼へ怒りをぶつけたり、泣きわめいたりすることはありません。

いいよ幸せだったから。

 

恋って、お互いが同じくらい好きっていうことはない。

そして大抵、好きになった方が負けだ。

 

私も昔、どんなひどい扱いをされても、大好きで大好きで仕方なかった人がいる。

友人にも散々やめとけと言われても、大好きでどうしようもないと痛い発言をしていた。

 

幸せだった。

たぶん、その時の私は。

彼が大好きだったから。

 

でも、ある時、愕然とする。

私は、彼が大好きな私自身は大嫌いだという事に気付いてしまった。

 

そう、彼の事は大好き。でも、そんな自分は大嫌いだったのだ。

自分が自分の事を嫌いなのに、人を好きになっている矛盾に疑問を持ってしまったんですね。はい。

 

好きな人ができたら、それと同じくらい、自分自身も好きになりたいと、私は思っちゃったんです。

その事に気付かなかったあの頃の私。

でもきっと、気付いたところでも、こう言ってしまったのかもしれない。

 

それでいいの、幸せだったよ。

 

 

カニクリームコロッケ

私は矢を打つのがすごく下手だ。
気づいたところで、今更弓を引く力なんて残っていないし、弓なんてもう、構えもしない。

同じように、矢を打つのが下手な人がいて、たまたまその人の打った矢を地面から引っこ抜いたら、結婚することになった。

そんな感じで、今年の冬で、結婚して4年になる。

 

交際期間ゼロで結婚したおかげか、結婚生活に夢も希望も好きも嫌いもない。

大好きにもならないし、大嫌いにもならない。年々、情というやつだけが膨れ上がっている。

 

夫は大手企業に勤めていて、ある程度の収入があり、私に仕事を辞めてもいいと言ってくれた。

30代前半、何がしたいのかもわからず、やみくもに働いていたので、お言葉に甘えて辞めることにした。

子供はいない。

毎日ダラダラしている。

 

人に言わせれば幸せだそうだ。

結婚、戸建、車、専業主婦。

優しい夫。

 

そうだと思う、自分でも。

私はきっと、幸せだ。

きっと。

 

それでも毎日、引け目を感じてしまう。

夫といえども他人である。

他人のお金で、私の人生が成り立っているように思える。

 

食費も友人たちとの交際費も、この耳にぶら下がるイヤリングも。

全て夫の稼いだお金だと思うと、ゾッとする時がある。

あぁ、私は夫がいなければ食事もできないし、映画も見に行けないし、化粧品や服も買えないのだな。

元々、雀の涙ほどしかない自分自身の貯金は、とうに底をついている。

 

夫の口癖は「お金を出す、買ってあげる」だが、

いざ海外旅行など必要な時には私に現金を持たせたがらない。

そうなのだ。夫は欲しいものを買ってくれるし、用途のわかる現金は惜しみなく渡すが、必要以上にもらえない。

 

そうなってくると、ますますこの生活が嫌になる。

やっぱり働くしかない。

 

数日前から求人サイトをチェックし、応募もしているが、

私はといえば高校を卒業後、職を転々としすぎた為、資格もなければ勤続経験もない。

30代前半にもなって、できることは多少の接客くらいだ。

 

どうにかなると思っていた。

自分には何かあると思っていた。

ラッキーな方だと思っていた。

やり甲斐のある仕事に就いていると思っていた。

好きな仕事でお金を稼いでいると思っていた。

好きな人と結婚すると思っていた。

 

愕然とする。

こんなはずじゃなかった。

 

やりたいことと、できることの差に追いつけない。

いらないプライド。

嫉妬や妬み。

受け入れられない色々なものたち。

足掻いてもどうしようもない現実。

それでも、きちんと、ちゃんと、諦めたものの方が格段に多いと思う。

 

今、リビングのソファで横になっている私は、誰なんだろう。

 

携帯が鳴る。

先日パートに応募した会社から書類選考を通らなかったというメールだった。

 

そうですよね、私、何もありませんもん。

わかります。ほんと。見る目ありますよ。

 

こんなこと、大したことじゃないのに、今、たった今、全世界の人から「不必要」の烙印を押された気がした。

 

誰かに言われた気がした。

君、価値あるの?

 

むくっと起きた私は、本当に誰なんだろう。

TVも音楽もつけないリビングは、閉鎖の象徴のようだ。

白い壁、緑のカーテン、お気に入りのアジアンテイストのランプシェードにTVボード。

あぁ、これもどれもそれも。

夫に買ってもらったんだっけ。

 

網戸にしてあるベランダの窓からは、時おり車のエンジン音。

「ママ?ママぁ?」

隣の家からは子供の声が聞こえる。

 

そうだ、私も子供を産まないと。

 

仕事を探して、パートで働いて、家事をしながら、子供を育てて。

 

「お邪魔しまぁす」

そうだ、こうやって子供が連れてきたお友達にも手作りのおやつを振る舞うんだ。

今日、何があったか聞いて、仲良く遊ぶように言って、おやつ出して、お友達にあんまり遅くならないうちに帰るんだよ、っていうんだ。

 

子供を産まないと。

 

そうしたら、必要とされる。

 

そうなのか、そうなればいいのか。

これは本当に、誰の人生なんだろう。

 

すみません、やっぱり私、一体誰なんでしょう。

 

時計に目をやる。

もう、15時だ。

夕食の買い物に出かけないと。

 

どこの誰だかわからない私は、台所に立つ。

冷蔵庫の中身をチェックする。

 

「カニクリームコロッケ」

 

また隣の家の子供かと思ったら、

 自分で声に出していた。

 

今日、朝から夫以外の人と会話をしていない。

ふいに、昨年死んだ祖母の事を思い出した。

祖母に会いたくなった。

 

出かけなきゃ。

 

「カニクリームコロッケ」

もう一度声に出したら、涙が溢れた。

 

資格

蕎麦が大好きで、3年ほど前に蕎麦鑑定士という資格を取った。

 

そして思った。

蕎麦、大好き、それだけで良かった。

 

蕎麦博士になりたいわけでも、蕎麦職人になりたいわけでもなかった。

あたい、うまい蕎麦が食べられれば、それで良かった。

なんで取ったんだろうと。

そう、資格ってやつぁ、取れば終わりじゃない。生かさないと、あまり意味がないように思える。

 

私は可哀想なくらい勉強ができない。

算数は分数でつまづいてるし、

英語も「MIKE」を「ミケ」とか読んでたし、

何よりも教科書の登場人物で、「ケンとサラは実は付き合ってて」みたいな妄想をして遊んでいたヤベー奴だ。

 

そんな奴が30オーバーになってみてごらんなさい。

みなさん、もう、これは事件です。

本当に今までよく生きてこれたなぁと思う。

ノリなのか。

馬鹿なりに一生懸命やってきたからか。

周りに恵まれていたのか。

 

このまま老いていく一方なら、

何か資格でも取りたいと思い、近所のドラッグストアでユーキャンのカタログをもらってきた。

ネットでも事前に調べてみて、質問に答えて自分に合う資格を判断して教えてくれるっつぅやつをやったが、私に合う資格が何回やっても「ファイナンシャルプランナー」一択だった。

なんでや。

むしろ、プラン立ててもらう側だわ。

 

とりあえず、カタログをパラパラ。

めちゃくちゃ資格がある。迷う。困る。

「薬膳コーディネーター」ほほう。

最近、養命酒を飲み始めた私にピッタリじゃない?

私、冷え性だしさ、漢方とか気になってるよ!

難易度も一番低い星1つだし。

コレにしようかな。

 

いやいや待て待て、落ち着け。

二の舞じゃなかろうか?

あの、蕎麦の二の舞。

 

この資格取って、夕食に薬膳食作る?

漢方料理の店に勤める?

ないな。

 

「ケアマネジャー」

「カラーコーディネーター」

 

うーん。

イマジン。

想像してみよう、未来の私。

 

行政書士

はっ、カバチタレ

ドラマの方ね。

あれ好きだったわー。

 

そっからは、簡単だった。

学生時代に培ってきた妄想癖が大暴走。

完全に脳内、深津絵里

 

いつの間にか、見た目まで「小柄でショート」になっている脳内の私。

六法も危ういくせに「雄弁」な脳内の私。

ドントストップミーナウ。

 

気付いたら、寝てた。

 

起きたら開きっぱなしのユーキャンのカタログがあった。

 

そっと閉じて、また寝た。

 

こんな奴に、資格を取る資格はないと思う。