おめめの歯形

自分の足跡を残すというより、必死に食らいついて歯形くらいしか残せない

食卓にストレス

「作りすぎだ」

「よね」

夫に言われると思ったので、自分でも食い気味に認めた。

 

料理が好きだ。ストレス発散の1つになるから。

料理はいい。無心になれる上、出来上がりがわかりやすい。完成はこれだ!というのが、ほぼ確定している。

そして上手くいけば美味しい。

お酒も進む。スバラシイ。

 

仕事で疲れて帰ってきても、包丁を握ると、私はもう職人だ!の勢いで料理をし、食べきれるはずもない品数を黙々と作り始める。

気付くと、あれ?養豚場かな?

100パー食べきれない量になってしまっている時がある。

私は大満足だ。自分の作り上げた料理の数々に恍惚とする。ストレスも軽減され、自分を褒めたくなる。

 

そんなわけで、我が家の食卓にズラリと並ぶ料理=私のストレス指数である。

 

秋野菜のバーニャカウダ、鶏の唐揚げ、シーチキンとレタスのマカロニサラダ、ポテトのチーズオーブン焼き、エリンギと明太子のマヨネーズ和え、バタートーストのラムレーズンクリームチーズのせ。

 

部活で忙しい食べ盛りの長男もいなければ。

「ちょっと、あんた、ダイエットするんじゃなかったのー?」と声をかける長女もいない。

「おかーさん!今日タクヤ君くるから!」と友達を連れてくる末っ子もおりません。

 

ふ・た・り暮らし。

単に私のストレスです。

 

そこで、夫にダイレクトに伝えてみた。

どうして多くなるのか?

ストレスが多いからだよ、ストレスの数だけ料理が並ぶよ!

 

「、、、なんかヤダ」

 

そうだろうよ。

 

この告白で、我が家の夕食が夫のストレスにならないことを祈る。

わたしのやうなにんげん

数年前に勤めていた会社の、私の直属の上司が辞めると連絡がきた。

 

本社の経理にいる女性からだ。

本社が都外にあるため、上司に会いに東京にくるので、夜、上司も含めて一緒食事でも、とのこと。

私も最終的には責任のある立場にいたが、色々あって、最低な思いをして辞めた会社。

今更どうなのかと思ったが、もうずいぶん昔のことだ、と割り切り、行くことにした。

 

上司とは、まぁまぁうまくやってたつもりだ。

私より年下だが、一生懸命だし、天然で可愛いところもあった。

数字を作るのに、残業を沢山したし、上司が社長に責められた時も、私は必死に守った。

上司がお客さんから、好意を持たれてしまい、大ごとになった時も、間に入って鎮静させた。

その分、助けてもらったこともある。

私は社長と、社長が連れてきた新社員と揉めて辞めてしまったけど。

 

 

経理がわざわざ東京にくるのだし、上司も主役なので店探しをかって出た。上司は肉が好きとのこと、都内の有名店を経理に提案したが、連絡が途切れた。

 

ギリギリだとお店も取れないしなぁ、と思っていたところ、経理から、上司から私に連絡をするように言ってあるが、来てないか、の確認連絡が。

 

私に上司からは連絡がきていない。

どうも、経理の話を掘り下げてみると、上司は私と会うのが嫌らしい。

 

やっぱりそうか、と思った。

 

 

その数日後、つい数ヶ月前まで働いていた会社の同僚と飲んだ。

そこで、あまり関わりのなかった他部署の女性が辞めたと聞いた。

その女性は社内不倫の常連であり、男性社員6人と関係を持っていたので、あまり自分から関わらなかった、というのが真実。

私は不倫現場を目撃したこともあるし、不倫した社員の男から直接聞いてしまったりしたし、第一に、その女がペチャクチャ誰と寝ただの周りに喋るから、勝手に耳に入ってきた。

でも、私は誰にも言わなかった。

私はそうゆう話で盛り上がれない。どうでもいい、どうでもいいから、私には関わるな、のタイプだ。

 

私も酔っていたが、同僚も酔っ払っていて、ふいに

「2人とも辞めたから言うけどさぁ」

 

「久保さん、おめめのこと超嫌いって言ってたよ」

 

私は酔いがさめた

 

「なんか、偽善者ぶってるし、自分が嫌な人のことも嫌いじゃないです、みたいなアピールするし、そーゆー人、イヤなんだよねって」

 

やっぱり、そうか。

 

全人類から好かれたいと思ってないし、

会社の人間に好かれたいと思ってもいない。

 

それでも、自分が誰かに「嫌われている」という事実を目の当たりにすると、思いの外、痛いものですね。

 

月並みですが、私はそんなつもり、ありませんでした。

数年前の会社でも、数ヶ月前の会社でも、私は必死でした。

仕事だから。

私は働きにきているから。

 

誰かの事を嫌いになるのは、仕事上だけだ。

だって仕事じゃないか。

友達でもなんでもない。

私には、わからないことばっかり。

 

だけど

私のことを嫌いな人がいる代わりに、

今日も、私のことを好きで、大切にしてくれている人たちがいる。

 

ありがとう。

 

AVをはじめて観たら泣いた

掲題の件につきまして。

 

私の友人リストには、売れてない役者が結構いる。私が昔やっていた仕事の関係なんですがね。それももう10年くら前だ。

ごくたまに、その友人たちの舞台を観に行ったり、飲みに行ったりする。

先日、酒の席で、そのうちの1人が「映画に出演した」と報告してきた。

 

その友人は舞台よりもCMの端役などで活動しているようで、最初は友人の友人だった為、私との付き合いとしては、まだ日の浅い間柄。

 

「おぉー、良かったじゃん」

軽めに笑顔で祝い

「どんな映画なの?どんな役なの?」と聞くか聞かないかくらいで

「脱いだんだよねー」と平然と言ってきた。

 

え?脱いだの?

 

あまり詳しく書くと身バレすんので、詳細は省くが、かなり驚いた。

AVではなく、どうも、まぁ、そーゆー感じの映画らしい。察して。

※ちなみに友人は主演ではない

 

小規模のキャパで短期間だが映画館でも上映するらしい。

「良かったら観てよ」

観たいけど映画館に行く勇気はない旨を伝えると、とある女性向けアダルトサイトで試聴できるとのこと。

 

サイトのURLを送ってもらい、内容が内容だけに家で1人で観ることに。

スマホで試聴したものの、、、

友人。

どうあがいても友人。

おぉ、友よ。

いかんせん、マイフレンド。

 

ねぇ君はもう、友達じゃない

友達より、卑猥な人

 

右手回して踊り出す勢いだわ。

 

やー、これは見れない。

笑っちゃう!

ファニーだよ、ファニー!

今後アナタに会う時は、私はアナタの裸を思い浮かべちゃうよ!

 

友人のピンクモードは途中でリタイアして、せっかくの機会なので、人生初となるアダルトサイトを見て回ることにした。

この年齢に達するまで女性が故なのか、AVを観たことがなかった。

 

で、ビックリ。

キレイでスタイル良くて、そんじょそこらのアイドル以上の女の子がセクシー女優だったりするのね。

 

で、さらにビックリ。

イケメンや、、イケメンがおるで!

 

超がつく有名男優、一徹。

私、知らなかったんですよ、彼。

後でしっかり調べました。

 

イケメンだなぁ、と思って、折角ならイケメンが出ている作品をば、、、と試聴してみる。

 

まっっったく興奮しなかった。

1ミリもエロい気分にならなかった。

 

なぜかって?

私は泣いていたからだ。

 

理由はわかっている。

 

私はこれまで、クソ野郎としか付き合ってこなかった。

こんなに女性に優しい人いるの?

 

神様。

神様なんて信じてなかったけど、ここにいたんですね神様!

 

ベッドの上でですね、あんな優しさに触れたことないんでね、もう、泣くしかない。

羨ましい。

2度と戻らない、私のベッド上の過去と、1度も手に入らないまま終わるであろう、私のベッド上の未来。

やはり泣くしかない。

 

芝居なのはわかっている。

それでもいいんだよ。

バファリン、男はバファリンであってくれ!

半分は優しさ!!

 

 一徹の高度なテクニックやら、女優さんのキレイなカラダや顔やエロめの声なんてすっ飛ぶ。

 

「、、、いいなぁぁぁ(号泣)」

 「言われてみたいぃぃぃ(号泣)」

ただ、ただ、ひたすらに。

羨ましかった。

 

見終わった私は、リビングの窓から秋空を見上げて思った。

 

かわいそう。

 

うん、私、かわいそう。

 

バカだな。

 

うん、私、バカだな。

 

 

 

 

 

 

 

さんじゅうイヤー

エレファントカシマシ

Theピーズ

スピッツ

 

上記の順で6、7、8月とライブへ行ってきた。

共通はこの3バンドが30周年だったこと。

 

エレカシは個人的に「ミヤジの生歌を聞かないで死ねるか!」イヤーですので、新春→30周年→野音と続きます。

ピーズとスピッツはお初でした。

 

エレカシでは力を

ピーズでは幸せを

スピッツでは癒しを

 

それぞれに、ものすごいの、もらいました。

普段、ライブとか行かないんですけど、心の底から行けて良かった。

 

30周年ってことはですね。

私がオギャアしたあたりで、みなさんもう、自分の道を自分で決めて、未来への一歩を踏み出してるっつう、、、

で、継続してるわけですよ。

 

もう、いや、ホント、適当に生きていてすみません。

今もTシャツにてろてろのショーパン姿。

ローテーブルにカフェオレ。

ソファーでだらんとして、今更ながらハマったダンガンロンパやったり、俺と悪魔のブルーズ読んだり、あと少ししたらDVDでも観て。

 

まぁ、今日雨だし、肌寒いし、昨日から微妙に働いてるし、みたいな自分の正義をこじつけている。

 

世の中の働いてる皆さんに罪悪感を抱きつつ、それでもこのまま夜まで体勢もあんま変えず、テキトーなご飯食べてお風呂ゆっくり入って寝る自分しか想像できません。

 

そんな人間でも、ライブに行くと、なんか得体の知らない力がみなぎるんですわ。

 

来週の野音は雨らしい。

エレカシ野音は初。

立ち見だ。

全然いい、むしろ立ち見でもチケット取れてありがたや。

魂で聴く。

 

それまで仕事頑張るぞ!

とか言えたらいんすけどね。

来週の後半まで仕事ないってゆう、

私って人間はそういう奴だ。

 

ゆめのはなし

ステーキハウスの主人、サムはとってもいい奴。
気さくだし、サムの焼くステーキは最高に美味しいし、昔サムが旅行で訪れたモンゴルで食べたピザの話を面白おかしく聞かせてくれる。

あたしは毎週金曜日のランチに、サムの店で一週間の出来事と週末の予定を聞いてもらうんだ。
今だって上司と部下の不倫のとばっちりを聞いてもらったばかり。
週末の予定は運転免許センターに免許の更新に行くって伝えた。
「俺のテリーを貸してやろうか?」サムが真顔で言うから「馬の免許は持ってないわ」とあたしも真顔で返した。

「ここ、テキサスで一番うまいぜ!」ってサムが豪語するステーキを食べようとしたら、
サムの店の看板が風に煽られて飛ばされるのが窓の外に見えた。

「サム!看板がっ!」

慌ててサムと外に出たら、嵐のような風が吹いていて、サムの飼っている馬のテリーが暴れてるし、なんだか騒々しい。

そうしたら目の前を、30人くらいの美女がアラビアン衣装を身に纏い、行列を作って歩いてきた。

「今からみんなで、あそこにある金のポールから滑り降りるの!衣装の中は裸なのよ!」

と叫んで通り過ぎていく。
少し風が収まる。

「みんなスタイルがいいのね、裸が見たいわ」
ってサムに言ったら、
「おい、その前に、この強風で俺の店が裸になるぜ」
ってサムが言うの。

「ちっとも笑えない」
とあたしが睨むと、サムがニヤリとした。

また風が強く吹いた。

「看板を早く戻そうよ!ステーキが冷めちゃう!」風に負けないよう大きな声で叫ぶ。

「心配するな!焼き直してやる!」
ってサムが言ってくれたように聞こえたけど、
サムの声は風の音でかき消された。

 

、、、、
っていう夢を見たんですよ。
印象的な夢は鮮明に覚えている。
これ多分、ダイナーの影響な気がする。
とっても好きな小説です。

秋のおとずれ

働かなくなってから、外に出るのが面倒になった。

あんなに美味しかった仕事後のビールも、仕事をしてないから必然的に飲まなくなった。

 

先日、友人2人と旅行へ行きたいねと話していた。1人はOLで、8年くらい付き合っている事実婚状態の彼氏がいて、隣県に戸建てまで購入しているが、いまだに籍は入れていない。

 

もう1人は保育士、こちらも隣県で一人暮らしをし、彼氏はずっといない。

 

2人ともしっかり仕事をしているため、私より俄然お金の自由が効く。

そんな2人と旅行の話になった時、そろそろ本気で働かなきゃなと思った。

 

全員同じ年、32歳。

結婚しているのは私だけだ。

そんな環境だからか、うっかりしていた。

私は子供が2人くらいいてもおかしくはない年齢だということに。

 

久しぶりに乗った電車は空いていて、ゆっくり本が読めた。

一回の乗り換えと、駅から徒歩10分で心が折れそうになる自分がいて、末期だなと思った。

 

面接へ向かっているのに、どこか上の空で、なんだかこの街で働く気がしないなぁなんて思っていた。

 

面接の会社に着き、応接室のような場所に通され、座って待つように言われる。

かなり雑多な雰囲気で、掃除したいなと一瞬よぎるが、またココでそんなことをしたら、前の会社の時のように鬱陶しがられるだけなんだろうなと思い直した。

 

面接官が入る。

男性1名、女性2名。

一通り終わったあと、女性2名だけが残った。

なんでだろうと思ったら

「大変失礼なことを承知ですが、妊娠のご予定などありますか?」と聞かれた。

 

あぁ、そうか。

そうだよな、この年齢で採用し、すぐ子供ができて辞めるなんて言われても困るよな。

でも、私だって聞きたい。

いやむしろ、私の方が聞きたい。

「私に妊娠の予定はあるんでしょうか?」

 

誰にも悪気はない。

結局、「今のところはありません、できたらいいな、くらいです」と答えた。

 

会社を後にし、電車に揺られる。

今すぐにでも妊娠したいのか、私は子供が欲しいのか、それは旦那の子供なのか、それは幸せなのか。

ぐっちゃぐっちゃになる。

 

彼がいたとしても

結婚しているとしても

子供ができたとしても

 

私のような人間は、

自分の幸せは自分でしか決められないんだと思う。

 

どこかへ行ってしまいというより、

消えて無くなりたい気持ちの方が強い。

それを実現する勇気も手段もわからないけど。

 

最寄駅に近づくと、夕飯の献立を考え始めた。

こんな風にまた、毎日をやり過ごしていくんだろう。

 

スーパーに寄らず、家にある材料で夕飯を作る決意をし、ぐっと足に力を込め、電車を降りた。

つるりん

舌でなぞると、生まれてはじめて、つるりん、と私の歯の表面が言った。

 

小学四年生の頃だった気がする。

歯並びなんて大して気にもしていなかったのに、上の歯茎がズキズキし、歯茎から白いものが2本、ニョキリと覗いていた。

最初はなんだか不気味で、しかも上前歯4つを挟んで左右対称に見えているものだから、一体どうなるんだろう、と思っていたら、そのうちニョキニョキ成長して、立派な牙、八重歯になった。

 

上下とも、きちんと前ならえ!で整列していたはずなのに、年齢を重ねると共に個々に自己主張が激しくなり、いつしか上下の列はガタガタに乱れた。

整列ー!と、どんなに声をかけても一向に集合しない。

上はトンがった不良が2人、前歯4人がいなかったら、一触即発なトンがった2人。

それを必死に止めようと、前歯4人がバラバラに出ている。

せめて4人の力は合わせて欲しかったところだが、私にはどうしようもない。

 

下は一番手前の子が1匹狼らしく、ひねくれの最上級にいて、この世の中に全力で背を向けている。

その子以外は秩序を守ろうと、大人しく並んでいるので、なおさら1匹狼は目立った。

 

そんな感じで、私の口の中の世界は出来上がり、それは他人には見苦しい世界であり、私にはコンプレックスの世界が1つ増えた。

 

「外人」とあだ名を付けられるくらい濃い顔に、でっぷりとした体格、これ以上突出したものなんていらないのに、せめて、見えにくいところはキレイであって欲しかったのに、私の願いが叶う事はなかった。

 

「おめめって歯並び悪いよな」

中学校の全校集会で体育館に集まり、先生の話をひと通り聞いた後、隣の瑞樹くんがど直球を投げてきた夏。

 

暗幕の引かれた暗い理科の実験室で、隣になった慎也くんが、私の手元を見て唐突に「おめめの手ってドラえもんみてぇだな」と呟き、私の心にも暗幕が引かれた高校生の秋。

 

うまく笑えなくなって

肩を縮こませて歩いて

嬉しい思いなんて1つもなくて

辛い思いばかり重ねていく

 

「ハーフ?」と「痩せれば可愛いのに」が挨拶がわりに投げつけられた十代終わりの冬。

 

「こんなんばっか食うから太んだよ」と付き合っていた彼氏にポップコーンを投げつけられた二十代前半の春。

 

口元で手を隠すようになり、少し痩せて、化粧が板に付いた二十代後半。

 

春夏秋冬をいくつこえたでしょうか。

30歳の時に、私は決意した。

みなさんは言うでしょう、もっと早く決意しろよ、と。

今更なんだよ、と。

意味ないよ、と。

 

それでも私は決めたのです。

 

レディースエンジェントルメン!

お待たせいたしました!

 

私の顔にスポットライトがあてられた。

眩しくて、思わず目を瞑る。

 

「おっめめ!おっめめ!」

「みなさん、、、おめめ、32歳と半分になりました!」

「おめめー!笑えー!」

 

私は思いっきり歯を見せて笑った。

 

「真面目に並んでいた子を、上2人、下2人、親も知らなかった子を3人、、計7人もの子を犠牲にしましたが、トンがっていた2人は鋭さはあるものの年相応の落ち着きを見せ引っ込み、最上級にひねくれていた1匹狼は世の中ときちんと向き合ってくれました。

保護観察処分が2年くらいある子たちですが、私が道を外させない限り、このまま素直に歩んでいってくれることでしょう」

「おめめー!やったなー!」

「ありがとう!ありがとうございます!」

 

「、、、さん」

「、、、」

「おめめさん、うがいしていただいて結構です」

「あ、、はい」

「変な感じですか?」

「えぇ、、はい、やっぱり、、何度も舌でなぞっちゃいます」

「あはは、皆さんそうですよ。では、これがリテーナーです、説明した通り宜しくお願いしますね」

「はい!」

 

歯科医院を後にして、歩きながら、やっぱりなぞる、私の歯。

 

つるりん。

 

嬉しい反面、なぜがギュウッと心臓をつかまれる。

歯がキレイになった。

 

それがどうした?

 

誰かに言われた気がして振り向いたら、八重歯をニョキリと見せた、小学生の私がいた。

 

「その歯になったら、前見て歩けるの?」

真っ直ぐな目で私を見る。

「え、、、」

 

ちょっと目線をそらして戻すと、中学生の私がいた。

「少し痩せてキレイになったら、傷つかないの?」
「、、、、」

 

「忘れたっていいけど、なかったことになんてできないよ」

高校生の私が言う

「あんたの真ん中は、自分自身の真ん中は変わったかって聞いてんの」

 

32歳。

私は32歳。と半分。

無職だった。

 

「責めてるの?」

 

いつの間にか、色んな私に囲まれてる。

 

「褒めるつもりなんだけど」

「、、、そんな感じに思えないけど」

「あのねぇ、他人になんて褒めてもらえないでしょうよ」

「まぁ、、、うん」

「だから、私たちが褒めるんでしょうよ。過去の私たちが。さっき聞いたよね?その歯になれば前向けるの?自分自身の真ん中は変わったの?って」

「、、、」

「全力で、食い気味で、うん!って言ってよ」

「わからないんだもん」

「わかんなくったっていいんだよ、うん!って言うんだよ!他の人に何言われたって、うん!って言うんだよ!ちゃんと、こっち見て!」

 

「笑って」

 

にぃーっと笑った

 

「ぎこちないけど、まぁいいんじゃない」

「32歳と半分の私!」

「今も昔もさぁ、辛いだろうけどさぁ」

「こんな日くらい笑って」

「私たちがいたこと、忘れないで」

 

忘れないよ

 

笑おう。

 

たくさん笑おう。

 

32歳と半分の無職の私。

 

歩け、歩け、歩け!