おめめの歯形

自分の足跡を残すというより、必死に食らいついて歯形くらいしか残せない

夏の蟻

緑の山々の中腹に、列をなす黒い点々が見えた。

島根に旅行中、田んぼ道からたまたま見えたその光景に心を奪われた。

 

夏の蟻。

 

不謹慎だが、私も夏に死んで、自分の葬式をあんな風に執り行ってもらいたいという願望が生まれた。

魂になって、あの蟻の行列を見るのだ。

高く青い空、緑の山々、黒い点々。

それはもう、美しいと言っても過言でなかった。

人が生きる事も死ぬ事も美しいと、率直に感じた。

 

10年後、願望は祖母に先を越された。

夏生まれの祖母は、自身の誕生日の4日前に旅立った。

私は無情にも、まだ、生きてしまっている。

 

「喪服ですし、あまり体にフィットされない方が宜しいかと」

店員の言うがまま購入した11号のワンピースは、どうあがいてもブカブカで、母や親戚の女性陣から総ツッコミをくらった。

唯一の良かった点は、余分に風が入り、7月後半の暑さを和らげたこと。

 

祖母を弔う日は朝から晴天で、山の濃い緑が青空によく映えた。

島根で見た、あの日と同じように。

祖母にくっついて行って、行列を見たいけど、ブカブカのワンピースで、喪失感と思い出に浸る私はやはり生きている。

 

祖母は夏の灰になり、私は夏の蟻になった。