おめめの歯形

自分の足跡を残すというより、必死に食らいついて歯形くらいしか残せない

あと

私は自分の顔の
右眉上の吹き出物と。

 

右足太ももの、虫刺されの痕が気になって。


ランチタイムは憂鬱だった。

ただでさえ、隣の太ったパートの女が目障りで、不快指数はいつも高めなのに。

 

サラダを食べている私に、太ったパートの女が、草食動物みたいですね、とつまらないコメントを投げかけてきたから尚更だ。

イマイチな一日でも、一応、終わってくれるから、人生はまだマシなのかなぁ。

 

帰路で聴くのは、今年引退してしまう歌姫のバラード。

 

夏が終わる。

 

「仕方ないこと」を受け入れる体制は、年々万全になっているはずなのに、これが「仕方ないこと」とわかるには、なんだか鈍くなったようで。


やっとこさ気付いた時には、結構傷ついた後だったりする。

 

急に私の、大切な、届かなかったモノたちを思い出してしまって、心臓が痛くなった。

 

気にいると思って、2時間かけて選んだ、ツバメのイラストの琺瑯マグ。
箱がオシャレで、こだわった郷土菓子。
コロンビアのコーヒー豆。
欲しいと言っていた、サーモスのボトル。
代官山で見つけた革靴。
丁寧に書いたメッセージカード。

 

誰か、のためだったモノたちは、誰か、にちっとも気に入ってもらえないまま、今はどこにいるんだろう。

 

そうです、私がバカでした。

 

思い返してみたら、虫に刺されるのはいつも私でした。

 

ドドン、と花火の音がどこからか響いてくる。
誰か、たちは、私の知らない誰か、たちと、空を見上げているのだろう。

 

外は、まだ夏がしがみついている。


冷房を効かせた部屋で、買ったばかりのニットワンピースに袖を通して、タータンチェックの赤いマフラーを巻く。

この、なんとも言えない高揚感。

 

虫刺されの痕が痒くても、そう、いつまでも続くわけじゃない。
このくらいなら、痒みはすぐに治まって、痕にもならず、秋には思いも出さないだろう。

 

なんてことない、ホント、ちっとも。