おめめの歯形

自分の足跡を残すというより、必死に食らいついて歯形くらいしか残せない

アクアリウム

「俺、ちゃんと大事にしてたよ」

 

「ちゃんと、ってなに。私のが好きだったよ」

 

「のが、ってなに」

 

「とも君、川上弘美好きじゃなかったでしょ」

 

「いや、読んだじゃん。マキだってマキシマムザホルモン好きじゃなかっただろ」

 

「いや、聴いたじゃん」

 

「本当は洗面所の棚のタオル、綺麗に丸めて並べられるの嫌だった」

 

「言えば良かったのに。私も本当は野球、好きじゃなかった」

 

「言えば良かったのに」


「言えなかった」

 

「言えなかったのは大事にしてたからだよ」

 

「言えなかったのは好きだったからだよ」

 

「でも」

 

「もう、言えるんだね、お互いに」

 

「会いたいとか帰りたくないとか素直に伝えて欲しかった」

 

「会いたいとか帰りたくないと思ってるってわかって欲しかった」

 

「言葉で大切だとか好きだとか素直に伝えて欲しかった」

 

「大切だとか好きだとか言わなくても思ってるってわかって欲しかった」

 

「言われなきゃ、言わなきゃ、わかんないよ」

 

「だって」

 

「俺、男だもん」
「私、女だもん」